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神戸地方裁判所 昭和54年(行ウ)17号 判決

兵庫県西宮市菊谷町八番四一号

原告

礒野正治

同所

原告

礒野薫

右両名訴訟代理人弁護士

小林茂夫

高村順久

同市江上町三の三五

被告

西宮税務署長

小幡隆

右指定代理人

饒平名正也

西峰邦男

藤浪真三

平井武文

熊本義城

光森章雄

大橋嶺夫

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五一年七月二六日付でした

(一) 原告礒野正治に対する相続税の更正処分中、課税価額二億六九七六万円、相続税額一億五八一九万九六〇〇円を超える部分を

(二) 原告礒野薫に対する相続税の更正処分中、課税価額三億三〇〇五万七〇〇〇円、相続税額一億九三九六万九〇〇〇円を超える部分を

取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告両名は、昭和四八年七月八日死亡した訴外礒野與治右衛門の相続人であり、同人所有の財産を相続した。

2  そこで、原告両名は、それぞれその相続税について別表一相続税申告および更正処分表(以下、別表一という。)(一)及び(二)の各1欄記載のとおり、法定期限内に相続税申告書を提出し、さらに、それぞれ同表(一)及び(二)の各2乃至4欄記載のとおり、相続税修正申告書を提出した。ところが、被告は、各原告に対し、同表(一)及び(二)の各5欄記載のとおり、それぞれ更正(以下、原告両名に対する更正を「本件各更正」という。)及びこれを前提とする過少申告加算税の賦課決定(以下、前同様に「本件各賦課決定」という。)をした。

3  原告両名は、それぞれ、被告に対し、昭和五一年八月二五日、異議申立をし、同年一一月一六日、被告からいずれもこれを棄却する旨決定されたので、同年一二月一〇日、国税不服審判所長に対し、それぞれ審査請求をしたが、昭和五四年二月一四日、同所長からいずれもこれを棄却する旨の裁決をされ、同年三月六日付の裁決書の謄本がその頃それぞれ各原告に送達された。

4  しかしながら、原告両名に対する本件各更正には、相続財産でないものを相続財産として課税した結果、各原告の相続による取得財産価額を過大に認定した違法がある。

すなわち、

(一) 礒野與治右衛門とその妻正栄の間には、長男として原告礒野正治がいたが、同原告は不幸にして知恵の発育に恵まれず、現在においても事物の弁識能力は小児程度にすぎない。

(二) そこで、礒野與治右衛門及び妻正栄は、礒野家の存続及び原告礒野正治の将来を虞り、昭和二八年七月二八日、原告礒野薫との間に養子縁組を行ない、同日、その旨の届出、入籍がなされた。

(三) しかし、礒野與治右衛門の意向もさることながら、財産の保全と実子の保護を専らとする正栄には、原告礒野薫が将来礒野家の財産を自由にし、原告礒野正治らの面倒をみなくなるかも知れないなどと疑心暗鬼を生じ、そのため、家庭全体が著しい不調和の状態となった。そこで、右疑心暗鬼を生ずる種である礒野家の財産の帰属を明確にしておく必要が生じ、礒野與治右衛門、原告礒野薫その他の関係者間で協議した結果、礒野與治右衛門と、原告両名との間に、昭和四〇年二月九日、礒野與治右衛門がその所有財産のうち、別表二記載の各不動産(以下、本件土地という。)を、後記(四)の〈2〉ないし〈4〉の条件付で原告両名に贈与する旨の契約が成立した(以下、本件贈与という。)。

(四) そして、右同日、神戸地方法務局所属公証人山崎敬義により、左記〈1〉ないし〈4〉を本旨とする不動産贈与契約公正証書(以下、本件公正証書という。)が作成された。

〈1〉贈与者礒野與治右衛門は本件土地を原告両名に贈与することを約し、原告両名はこれを承諾した。〈2〉原告両名が贈与を受けた本件土地の持分は原告両名の共有とする。〈3〉本件土地の所有権移転の登記は双方協議して之を為すものとする。〈4〉原告両名は贈与を受けた本件土地の一部分たりとも、礒野與治右衛門の書面による承諾を得ずして他に譲渡質入域は担保等の目的に供することはできない。

以上のように、原告両名は、昭和四〇年二月九日、礒野與治右衛門から本件土地の贈与を受け、以来、原告両名が共有していたものである。

よって、原告両名は、本件各更正中、原告礒野正治につき、別表二の(一)の4欄の、原告礒野薫につき、同表(二)の4欄の、各修正申告にかかる課税価額を超える部分およびそれに伴う納付すべき税額部分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1乃至3の事実は認める。

2  同4の(四)の事実は認める。同4のうち、その余の事実は否認する。

三  被告の主張

1  本件更正に至る経過

(一) 原告両名は、それぞれ別表一の(一)、(二)の各1欄記載のとおり、法定期限内に相続税申告書を提出し、さらに、別表二の課税処分等の状況欄に○印を付した物件(以下、別表二○印土地という。)が相続により取得した財産であること及び本件公正証書記載の本件土地以外の財産で相続により取得した財産があることを理由に、昭和五〇年四月二三日、別表一の(一)、(二)の各4欄記載のとおり修正申告書を提出した。

(二) また、本件土地のうち、別表二の課税処分等の状況欄に□印を付した物件(以下、別表二□印土地という。)は、礒野與治右衛門の死亡日前に譲渡等が行なわれ、既に他人名義となっていた。

(三) そのため、被告は、別表二○印土地及び同□印土地以外の本件土地を対象とし、別表一の(一)、(二)の各5欄記載のとおり、本件各更正及び本件各賦課決定を行なった。

2  本件更正の根拠

(一) 原告両名は、昭和四〇年二月九日、礒野與治右衛門から本件土地の贈与を受けたと主張するが、右原告ら主張の本件贈与契約は成立していない。

すなわち、

(1) 礒野與治右衛門は、本件公正証書作成日の翌日にあたる昭和四〇年二月一〇日付で遺言書(以下、本件遺言書という。)を作成し、その中で、「私の死亡後」は、遺産のうち、原告両名に本件公正証書に記載の宅地、田、畑、山林を贈与する旨記載している。これは明らかに右公正証書の文言と異なる意思を表示したものである。

(2) 原告両名は、現在に至るまで、贈与税の申告をせず、また、本件土地に係る固定資産税は本件公正証書作成日以後、相続開始日に至るまでの間、礒野與治右衛門が納付している。

(3) 礒野與治右衛門は、本件公正証書作成後、相続開始日までの間に、本件土地のうち、別表三記載の土地を自己の名で売却して売買代金を受領し、その売渡しに係る譲渡所得については自己の他の譲渡所得と合算して別表四記載のとおり申告し、納税している。

(4) 前(3)項記載の売買代金は、すべて一旦太陽神戸銀行夙川支店の礒野與治右衛門名義の普通預金口座に入金し、同人の所得税の納付及びその他の自己の用途に支出し、さらに、同人が相続開始当時西宮市樋之池町九番地に建築中であった鉄筋コンクリート造四階建マンションの建築代金(契約総額九三〇〇万円)の工事代金に支出するとしている。

(5) 礒野與治右衛門は、本件土地のうち別表二の利用区分欄に貸付地と表示したもののうち◎印を付した土地の賃貸料の改定にあたり、賃借人に対し、賃貸料の増額通知を発し、自ら賃貸料の改定を行ない、また、同利用区分欄に貸付地と表示したものについては自ら賃貸、管理を行ない、賃貸料による所得は自らの他の不動産所得と合めて申告、納税している。

(6) 別表二の区画整理欄に換地処分と表示した土地は西宮市の「苦楽園土地区画整理事業」施行により区画整理(換地処分公示昭和四八年一一月二四日)されたが、その際本件土地の賃借人らが本件公正証書作成日後に当該事業の施行者に提出した土地区画整理法第八五条の「借地権申告書」は、いずれも礒野與治右衛門を土地所有者と記載し、同人が、それを確認のうえ、土地所有者である旨の署名、捺印をしている。

以上のように、本件公正証書作成後においても礒野與治右衛門が自己の負担と責任において本件土地の管理処分のすべてをしていること、及び、本件公正証書に記載された本件贈与契約の内容からみて事前に公正証書を作成してまで締結する必要があったと見るべき程の事情もなく、また本件公正証書には贈与者受贈者双方の委任状の氏の記載に誤字がある等その作成過程にも疑問があることなど諸般の事情に鑑みれば、本件贈与契約が成立したものとは解されない。むしろ、礒野與治右衛門の右各行動及び同年二月一〇日付の遺言書の記載文言を合理的に解釈すれば、同人の意思は、同人死亡後に、本件土地を贈与するものであったというべきであり、これが同人の最終的な意思である。

(二) 原告両名の最終の修正申告及び本件各更正における、原告両名の礒野與治右衛門の相続による取得財産価額並びに相続税の課税価格、税額等は別表五記載のとおりである。同表農地欄の金額は本件土地中原告両名が相続により取得した財産であるとして修正申告した価額、同表農地以外の土地欄の金額は、被告が本件各更正をした財産の価額である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1の(一)の事実は認める。別表二○印土地は、すべて、田畑であって、農地法による知事の許可を得ていなかった関係上、贈与によっても所有権移転の効果が生じていないため、修正申告をしたものである。

2  同2の(一)の(1)の、事実は認めるが、主張は争う。

(一) 礒野與治右衛門の意思が本件遺言書記載のとおりであったとすれば、わざわざ遺言書作成前に本件公正証書を作成する必要はない。右遺言書は「原告両名には昭和四〇年二月九日の公正証書に記載の宅地、田畑、山林を贈与ずみである」とすべきところを誤って「贈与する」と記載されたにすぎない。

(二) 仮に、本件遺言書における礒野與治右衛門の意思が遺贈であったとしても、それは同人の心裡留保にほかならない。

また、本件公正証書の作成により成立した書面による本件贈与契約を、のちに単独行為である遺言をもって取消すことはできない。

したがって、本件贈与契約は有効に成立し、その効力を維持しているものである。

第三証拠

一  原告両名

1  甲第一号証、第二号証、第三号証の一、二、第四号証の一、二、第五乃至第一一号証

2  原告礒野薫

3  乙号各証及び検乙号各証の成立はいずれも認める。

二  被告

1  乙第一号証、第二号証、第三号証の一、二、第四号証、第五号証の一、二、第六号証の一、二、第七号証、第八号証、第九号証の一乃至四、第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二号証の一乃至六、第一三号証

2  検乙第一号証、第二号証

3  甲第一号証、第二号証、第三号証の一、二、第八乃至第一一号証の各成立は認める。その余の甲号各証の成立は知らない。

理由

一  請求原因1乃至3及び被告の主張1の(一)の各事実は当事者間に争いがなく、原告礒野薫の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告の主張1の(二)、(三)及び被告の主張に対する原告の認否及び反論1の事実が認められる。

二  そこで、以下、本件における争点、すなわち、原告両名が、礒野與治右衛門から、昭和四〇年二月九日に本件土地の贈与を受けていたか否かについて検討する。

1  成立に争いのない甲第一号証、第一〇号証、第一一号証、原告礒野薫の本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証の一、二、第五号証、第七号証、原告礒野薫の本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、請求原因4の(一)、(二)の各事実及び次の事実が認められる。すなわち、

(一)  礒野與治右衛門及び妻正栄は、原告礒野薫を養子として迎えたものの、同原告及びその妻の原告礒野正治に対する言動から、原告礒野薫夫妻は原告礒野正治に対して薄情であると感じており、そのため、原告礒野薫が、将来、礒野家の財産を自由にし、原告礒野正治の世話をせずして放置するかも知れないと危惧するに至り、そうしたことが原因で、家庭全体が著しい不調和の状態に陥っていた。

(二)  礒野與治右衛門は、昭和三六年五月頃には、原告礒野正治は、当時既に同原告のものとなっていた土地建物からあがる地代、家賃、株式の配当、各種預金などを生活費として将来は別居する方がよいと考え、同原告の財産の管理を佐伯治良兵衛に委嘱し、更に礒野清貞、礒野敏夫、福岡善兵衛にその相談役になってもらうよう委嘱する旨の遺言書の草稿を作成している。

(三)  その後、礒野與治右衛門夫妻と原告礒野薫夫妻の間で話合が行なわれ、徐々に、家庭内の不調和が緩和されてきたが、右(一)、(二)にあらわれたような礒野與治右衛門夫妻の疑念、危惧が完全には解消されないうえ、礒野家における原告礒野薫の処遇に対する同原告の実家への思惑もあったので、この際礒野與治右衛門の財産の処分を明確にしておいた方がよいということになった。

(四)  そして、右のような背景のもとに、昭和四〇年二月九日、本件公正証書が作成された。本件公正証書の作成、内容に関する請求原因4の(四)、の事実は当事者間に争いがない。

(五)  本件公正証書による贈与を原因とする原告両名への本件土地所有権の移転登記手続は、結局、礒野與治右衛門の死亡までなされないままとなっていた。

右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、原告礒野薫本人は、本件公正証書の作成に際しては、土地区画整理が行なわれたこともあって土地の価格が高謄を続ける一方であったので、早い機会に贈与により相続人となるべき原告両名に本件土地等の所有権を移転しておくことが、結局は節税につながる、と考えて、そのかなり以前からその旨説明して礒野與治右衛門にその所有不動産の原告両名への早期贈与を勧めていた、本件贈与契約は、親族間の紛争回避もさることながら、節税につながるという考慮からなされたものである、しかし多額にのぼると予想される贈与税を納付する資金調達の目途がつかないままに申告納税をしない間に日時が経過した、旨供述しているが、右(五)の事実及びのちに2及び3で認定する各事実に照らせば、原告礒野薫が本件公正証書の作成にあたって節税を念頭においていたとの点はともかくとして、右供述の全部をそのまま真実を伝えるものと評価することは、到底困難である。

2  被告の主張2の(一)の(1)の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証には、右争いのない事実の他に、本件遺言書には、〈1〉本件土地以外の宅地、田、畑、山林、雑種地、居住家屋等を妻正栄に贈与する、〈2〉現金は相続の日現在に於ける銀行預金等の全額の二分の一は正栄及び二分の一は原告両名に分割贈与する、〈3〉有価証券の三分の二は正栄、三分の一は原告両名に贈与する、旨記載され、さらに遺言執行者として礒野敏夫、佐伯治良兵衛、浅香多計次が指定されている。

3(一)  成立に争いのない乙第一、第二号証、第三号証の一、二、第四号証、第五号証の一、二、第六号証の一、二、第七号証、第八号証、第九号証の一乃至四、第一〇号証、第一一号証の一、二、原告礒野薫の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告の主張2の(一)の(2)乃至(6)の各事実(なお、別表三の川汽不動産株式会社に売渡した土地中、他一筆は、仮換地前西宮市老松町五五番溜池五一二平方メートルであり、譲渡金額は、その代金を含むものである。また、右(4)の建築中のマンションは原告両名が礒野與治右衛門から相続した財産として相続税の申告がなされている。)が認められるところ、原告両名においてこれらの点につき異議を述べた形跡は全く見当らない。

(二)  成立に争いのない乙第一二号証の一乃至六、第一三号証、原告礒野薫の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、礒野與治右衛門は、昭和三三年一二月二〇日、原告礒野薫に対し、西宮市石刎町二〇番山林等五筆の山林、宅地等を贈与し、同日、所有権移転登記がなされており、また、昭和四五年七月、礒野與治右衛門から原告礒野薫の長男礒野央資に対し、西宮市菊谷町の土地が贈与され、右土地にかかる贈与税につき、原告礒野薫が礒野央資の親権者として、贈与税申告書を提出している。

以上の各認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実をもとに、本件贈与契約の成否について検討する。

さきに認定した請求原因4の(一)、(二)、右二の1の(一)ないし(三)の各事実にあらわれた礒野家の当時の事情からは、本件土地につき、原告両名に対する、死因贈与をし、ないしは遺言による遺贈の内容を関係者に明確ならしめておけばそれで所期の目的は達せられるはずであり、それ以上に、礒野與治右衛門健在のその時点において、敢えて同人からその管理処分権を取上げる結果を招来する確定的な贈与をする必要性があったものとは認めがたい(右事実のほか、右の必要性の存在をうかがわせる事情は見当らない。)し、同人としても、容易にそのような結果を容認しようとするはずはないものと思われる。

そして、本件公正証書には、原告両名は贈与を受けた本件土地の一部分たりとも礒野與治右衛門の書面による承諾を得ずして他に譲渡質入或は担保等の目的に供することはできない旨、記載されているのであり、右二の2及び3の(一)で認定した事実関係からすれば、礒野與治右衛門は、本件公正証書作成後これと接着した時期に本件遺言書を作成し、その中で、目的物件については本件公正証書の記載を引用して、自己の死後は原告両名に本件土地を贈与する旨、本件公正証書の記載とは相容れない意思を表明したうえ、その後死亡に至るまで八年余の間、礒野家の当主として、本件土地の全てを自己の所有として管理処分していたものであるというべく、しかも、原告両名はこれを了承していたのである。

これらの諸点と、更には、原告礒野薫は、本件土地以外の個別的に贈与を受けた土地については、直ちに所有権移転登記を経由する等しているのに、本件土地については、それがなされないままになっていることをも考え合せれば、本件公正証書を作成したときの礒野與治右衛門の意思は、直後に作成する遺言書で原告両名に遺贈する目的財産の範囲(本件土地)を、親族間に存する事情にかんがみ、関係者間に明確ならしめておくところにあったものであり、公正証書を作成したのは、右の事情にかんがみ、特に慎重を期したものであって、条件付であるとはいえその時点で直ちに原告両名に対して本件土地を贈与するというようなものではなかったと推認され、また、原告礒野薫もこのことを了知していたものと推認される。

もっとも、本件公正証書には、明らかに、礒野與治右衛門は本件土地を原告両名に贈与すると記載されており、それは右推認される礒野與治右衛門の意思とは異るものである。しかしながら、右推認にあたって述べた諸点と、さきに二の1の末尾で述べた原告礒野薫本人の供述、さきに認定した、本件贈与契約にかかる贈与税の申告、納税はもとより、本件贈与契約を原因とする原告両名への所有権移転登記手続をもなすことなく相続開始までの八年余を徒過していることにかんがみれば、原告礒野薫、及び、その意を受けた礒野與治右衛門に、右本件公正証書のような記載にしておけば、同人の死亡後、場合によってはその記載どおりの法的効果を主張して相続税等の課税に争う手段に用いることもできるとする意図、思惑が存したということが十分考えられるところであるので、その故に右の推認が覆えるわけのものではない。

右認定に反する原告礒野薫本人の供述は措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の次第で、結局、本件贈与契約は成立していないものというほかはない。また、原告らが被告の主張に対する反論として主張するところの理由のないことは、上述したところから明らかである。

三  別表四の記載のうち、本件各更正をした土地の価額を含め、各相続人の総合計及び礒野正栄、原告両名各人の、取得財産価額、債務控除額については、原告両名は明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。そして、さきに述べてきたところと右事実とによれば、本件各更正にはなんらの違法も存しないことが明らかである。

四  よって、原告両名の本訴請求は失当であるからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富澤達 裁判官 松本克己 裁判官 鳥羽耕一)

別表一

相続税申告および更正処分表

(一) 原告 磯野正治

〈省略〉

(二) 原告 磯野薫

〈省略〉

別表 二

本件更正処分をした財産の明細

〈省略〉

別表 三

公正証書作成後において本件の一部を被相続人名で売渡した明細

〈省略〉

別表 四

被相続人の確定申告による譲渡所得金額

〈省略〉

別表 五

〈省略〉

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